FUJIKAWA SPIRITS とは


藤川スピリッツ=矜持・耐える・一日一死・精進。

自分の原点は武士道に基ずく。

矜持=自己への責任感・誇り。
英語ではプライドという言葉で言われているが、日本では昔から矜持という言葉で使われていた。
今、よくプライドという言葉が使われているが、日本人として日本男児として生まれてきたからには
ぜひ、プライドという言葉ではなく矜持という言葉を使って頂きたい。
自分も日本男児としてはひよっこですが道だけは追求して生きています。
せっかく日本人の男に生まれてきたので、昔からの日本男児の本当の強さを追っていかないと心から思っております。


≪耐える≫
耐えるの漢字、(耐)の語源は。
しかれども一寸の余地あり。という意味からきています。
(耐)の左の漢字が、しかれどもと読み、右側が一寸二寸の寸ですね。
どんなに窮地に追い込まれても一寸の余地がある、一寸の光が見えているということです。

自分も親一人子一人で育てられ生きてきて、貧乏だったし、
ここまでくるのに色々な数限りない事に耐え忍んできたので耐える大切さを痛感して生きています。
みんなも耐えるということは成功のための大きな要因の一つと自分は思っているので耐えて我慢してください。
しかれども一寸の余地は必ずありますよ。

≪一日一死≫
これは武士道の原点、佐賀県鍋島藩の葉隠れからきているものですね。
武士道とは死ぬことと見つけたりの基ですね。
釈迦は死をおもんみて仏道の本質を一日一生と説き、武士道とは仏道と表裏一体
常に死を覚悟する事とし一日一死と説いた。
一日一死を覚悟していれば武士道は自分のものとなり、一日一生と思えば一日は我がものとなる。
物凄く簡単に略せば上記のような事です。
物凄く略しすぎですが・・・。
自分もプロの世界にいるので生き方もプロとしても同じ心で日々真剣に闘っています。


精進(精にして雑じらず進んで退かず。)一適の水も石に穴をあける。

今ここにおいてのまじり気のない無所得の行、それが精進の精の字の示すとこである。
進んで退かずは、一日生きたら一日生きた甲斐ある生き方をせよとある。
精進に対する言葉に放免(おこたり)がある。
放免の言語は(煩悩にしたがう)の意味を持っているという。
つまりは自欲を満たさんが為にどんなに努力をしても、それは放免であり、その欲を道へと方向転換し、ひたすら道にしたがって間断なく歩み続けることを精進という。

お釈迦様は遺教経の中で、
(汝だち比丘、若し勤めて精進すれば則ち事として難きものなし。
是の故に汝だちまさに勤めて精進すべし。
たとえば小水も常に流るればすなわち能く石をうがつが如し。
若し行者の心しばしば解廃すれば、たとえば火をきるに未だあつからずしてしかもやめば、火を得んと欲すといえども火を得べきこと難き如し。是を精進と名ずく。)

どんな道でもかまわないので純粋に誠実に素直に道を見つけて歩いて生きなさい。という事だと思います。
物凄く辛い事なんだけど、それが精進として生きる幸せな人生と自分も思うので頑張ってます。
みんなも見つけて道を歩いて行けてくれたら嬉しいです。

自分は本当に不完全でどうしようもない男だと思うけど、
少なからず18から毎年一年契約で生きてきて様々な経験を経て素晴らしい私の大親友、緑健児氏などと出会えて今現在42歳、上記に書いた生き方に則って生きています。
完成を目指して毎日苦しみながら頑張っています。
完成なんて無理なのは分かっているけどそれを追い続けることが道、精進なんだろうね。

藤川スピリッツ!
周りからはどう思われるかは分からないけど自分の魂です。
侍・特攻隊の心は持って生きなければ、それだけです。


鹿児島知覧から特攻前に書いた遺書です。
俺たちの苦しみと死が、俺たちの父や母や弟妹たち、愛する人たちの幸福のために、たとへわづかでも役立つものなら・・・

長谷川信少尉 沖縄天号作戦で特攻戦死。


最後に同じく私の人生の教え支えになっている出撃直前、第57振武隊長 伊藤喜得少尉の遺書を紹介して終わりにします。

弟へ
正しく強くしかも真実を失はぬ人間であれ、偉い人間といふのは決して立身出世した人間ではないのだ。
自分の思ったこと信じたことを正直に素直に実行できる人間が本当に偉いんだよ。
周囲にどんな虚偽があろうとも決して心にないことをするもでない。
周囲に負ける男はみじめで卑怯な人間だ。
弟よ、軍人になろうともまたその他の道に進もうとも出世を思う前に今兄の述べたことをしっかり考えるんだよ。
弟よ、田舎に育ったいい性格を絶対に都会化するな、小才の利く人間に負けるな、肝で勝つんだよ、それが真の勝利だよ。
昭和二十年五月二十五日  喜得